AK note

ビデオゲームの考究と企画についてのヒント

楽しかった想い出が新しいアイデアのヒントになる

よくゲームクリエイターは小説や映画など良質な芸術作品を観てセンスを磨きなさいと言われます。確かに日頃からいろいろな創作物に触れて感性を刺激することはゲームを考えるうえでとても大切なことです。

でもいつもここでアドバイスは終わります。好きな本を読んだり話題の映画などを鑑賞したりしても、それらからどのようにヒントを抽出してどのようにゲームのアイデアに結びつければいいのでしょうか。

感覚的なことを言うと、自身が感動したり強く影響されたりするとダイレクトに創作に反映されてしまう人がいます。これはセンスの問題で、悪くないとは思いますが閃いたアイデアがコントロールされていないので他者が同じように感じるかは難しいところです。

やはりユーザーがゲームを楽しむための「おもしろい」を制作者の感性で設定するわけですから、その感性が多くの人に共感してもらえるものでなければ意味がありません。

では「おもしろい」とは一体どういうことなのでしょうか。ゲームをプレイしていて面白いと感じることも、1人で遊んでいる時と2人で遊んでいる時とは違いますね。

ゲーム制作においてさまざまな媒体から得た情報やその記憶から発想される「おもしろい」を、どのように具体的に取り入れて設定すれば良いのか。個人のセンスといって終わらせてしまうのではなく、もう少し具体的に考えてみましょう。

こういうとき私はよく記憶の中にある『似たようなシチュエーション』を探し出して、それが一体どういう状況だったのか深くその思考を巡らし、どんどんとその本質に至るまで状況を分解していって核心を求めるというようなことをします。『思考の分解』…… とでも言うのでしょうか。

たとえば通信を利用した複数のプレイヤーが同時にプレイ出来るゲームを制作するとします。ゲームに必要なのは「みんなで楽しむ」という感覚です。このゲーム内での「おもしろい」設定をどのようにすればよいのか。それをこの『思考の分解』という方法で考えてみましょう。

子供の頃の記憶でも最近のことでもかまいません。数人が集まって遊んでいる時、何かもの凄く楽しかった記憶を思い出します。人生の中でこんなに楽しかった、大笑いしたことはないというくらいの出来事を記憶の中から見つけます。このとき「みんなで楽しむ」というキーワードから必ず複数人であることが条件となります。

全くないというのも寂しいのであったことにしましょう。フィクションとして。

小学校4年生くらいでしょうか。ぼくとトモくんと弘くんと3人でお菓子を買いに行ったときのことです。3人はいつもの駄菓子屋の前で大笑いしています。トモくんは地面におでこを押し付けお腹を抱えて笑っています。……

この駄菓子屋に来るといつも1つ30円の「くじ付きキャラメル」を3人とも購入します。くじは「はずれ」「もう1つ」「あたり」の3種類があり、時々「もう1つ」が出るくらいで殆ど「あたり」は出ないのですが、トモくんが半年ほど前に一度当ててからみんなを誘うようになりました。

「あたり」が出るとそこに書かれた番号をお店のおばちゃんに言って景品を受け取ります。景品は『世界のしごと』というシリーズになっていて、さまざまなユニフォームを着た人物のフィギュアが貰えます。

なんと今日そのくじに3人とも「あたり」が出たんです!

早速トモくんは番号を叫んでフィギュアを手にしました。そして驚嘆の声にぼくも弘くんもびっくり! トモくんの手にはロシアの宇宙飛行士が無重力状態で漂っていました。

以前の「あたり」ではアメリカの戦闘機のパイロットだったのでトモくんは当たりの中でも最もかっこいいフィギュアを2つ手に入れたことになります。ぼくはF1レーサーでした。赤に黒のラインのユニフォームでヘルメットを抱えています。

そして弘くんはというと、受け取った手をじっと見つめたまま不思議そうな表情です。トモくんがその手を覗き込むとそこには日本の郵便屋さんが赤いバイクに乗っていました。弘くんは小さく「あっ、とうちゃん」とつぶやきました。

そう弘くんのお父さんは郵便局員だったんです。もちろんトモくんもぼくもよく知っている優しいおとうさんです。2人は大爆笑。弘くんも複雑な感じで笑っています。

…… さて、3人はなぜ笑ったのでしょうか。

宇宙飛行士やF1レーサーと郵便屋さんとのギャップがあったのは否めませんが、本質的には弘くんのおとうさんが郵便局員だったからです。

学校の帰りなどで時々挨拶するその働くおとうさんと同じ制服のフィギュアが弘くんの手にあったことは、トモくんとぼくにとって今までのいろいろな日常にあった物語が伏線となって一気に通り過ぎたかたちになったわけです。

この笑いの本質にこだわって考えることで、ゲームに活かす時ひとつの工夫をより深みのある設定へと持っていくことが出来ます。

ゲームの中の各アバター(自キャラ)の装備をカスタマイズ出来る設定にした場合、ただ格好のいい装備や武器と珍しいへんてこな装備や武器を並べて、一定の条件で強制的に選ばなければならないような、そんな直接的なギャップを楽しむ設定ではつまらないですね。(宇宙飛行士などと郵便屋さんとのギャップ)

そうではなく好きに選んでカスタマイズし、アップグレードさせてきた愛着のある武器や装備1つ1つに「由来」を設定しそれに因んだ敵キャラクターを登場させます。プレイヤーの装備の由来には「敵が探しているモノ」や「仲間を示す紋章が刻まれているモノ」など、いろいろな理由からユーザーの知らないところで繋がっているということになります。

みんなで行動し闘い協力して謎を解いていくという日常に、プレイヤーの知らない設定が裏で繋がり、いつもの『みんなの日常』に突然意外な事実が明らかになるわけです。

たとえば、ずっと謎だった胸の装飾にあるマークが敵の額にもあったとしたら…、そしてみんなで闘っているのに1人コントロール不能になりマークを光らせて敵に追従しながら踊ってたりしたら…。一人だとこんな鬱陶しい設定はありませんが、共闘中のイベントとしてなら面白いと思います。

何気ないゲーム中の当たり前を逆手に取って、それを伏線にしながらさまざまな新しいキャラクターと出会うという考え方は、弘くんのおとうさんが郵便局員であった日常と弘くんが駄菓子屋で出会ったフィギュアという関係と同じ考え方です。

記憶の中にある楽しい想い出はきっとゲームのアイデアになるでしょう。しかしその本質をたぐり寄せて本当のところを調べてみるともっと奥の深い「おもしろい」が潜んでいるかもしれません。

…… そして。トモくんもぼくもすっかりフィギュア熱からさめた頃、弘くんはそれでもあの郵便屋さんのフィギュアを宝物のようにいつまでも大事にしていたそうです。

 

*blog "games be" 2014年記事の再録