AK note

ビデオゲームの考究と企画についてのヒント

初めてのゲーム

子供の頃のお話。

小学校のころは両親が共働きで、家の鍵を首に紐でぶら下げて持たされていました。いわゆる鍵っ子というやつです。低学年では昼過ぎにはもう帰宅していたので、それから夕方まで遊び放題なのですが、ぼくには家の用事があってそれらを済ませてからでないと遊びに行けませんでした。

まず洗濯物を取り込んで畳んでおくこと。そして庭の植物に水をやること。全ての部屋に掃除機をかけること。米を研いで水にさらしておくこと。冬はストーブに灯油を入れておくこと。など結構な作業量で走って帰ってそれらを済ませてから友達と遊ぼうとしても、時々おいて行かれてしまって一人になることもありました。

そんなぼくを見兼ねてか、隣のおじさん、おばさん夫婦がよく声をかけてくれました。おじさんはバスの運転手で時々平日に休みがとれるとぼくを家に誘ってくれました。そんなときはいつも庭に木製の縁台を出してくれて、そこに向かい合って座りいろんなゲームをしました。正式な将棋もしましたが、はさみ将棋、くずし将棋、まわり将棋なども教わりました。

その他にもオセロやダイヤモンドゲーム、騎兵隊の旗取りゲームなども覚えています。おじさんは最後の一手で勝つその前に、ぼくにヒントをくれました。そこでよく考えなさいということです。いつもにこにこしていて優しいおじさんは、そのままの笑顔でじっといつまでもぼくの一手を待ってくれました。

どんなに簡単なゲームでも戦術や駆け引きがあり、それを覚えて攻略しないと絶対に勝てないことを教わりました。そしてそれらを理解してからが本当の対戦であることも学びました。……

おじさんの家にはエルという名前の犬がいました。スピッツという犬種で真っ白なふわふわとした毛並みが特徴です。夕方になるとゲームをやめてエルの散歩につき合いました。家の近くの大きな河川の堤防を歩きながら、草笛を吹いたり夕日が西の山陰に隠れていくリアルなスピードに驚いたりしていました。

おじさんは時折川の流れを眺めたまま、ぼくが毎日家の手伝いをしていることに少し同情のような面持ちで話すことがありました。ぼくは何も嫌なことではないと、それとなく話してもおじさんの横顔はそのときだけ曇って見えました。

ぼくにとっては帰ってからいかに素早く全ての仕事をこなすかゲームのような感覚で、友達が誘いに来るまでのわずかな時間内に全てをやり終えるのが毎日の目標になっていました。

庭先にある物干竿はぼくの身長では高すぎて届かないので、先がY字になった棒を竿に引っ掛けて下段におろし先に洗濯バサミを全て外します。それから一気に竿から洗濯物をスライドさせて片方にまとめて抜き取ります。畳むのは後で良いのでそのまま体いっぱいに洗濯物をかかえて勝手口まで走り、靴を脱がずに屋内に投げ入れます。

それからすぐに庭に戻るとリール式のホースをのばす前に蛇口をひねります。そしてホースを必要な分だけ出して構えると同時に水が出てくるので素早く端から順番に撒いていきます。それが終わるとホースを巻き取り台所に行って米を研ぎます。昔のガス炊飯器は今のような高性能ではないので、十分水にひたしておかないとご飯が硬くなってしまいます。

さっき勝手口から投げ入れた洗濯物を全て畳むと一旦居間のテーブルの上に置いてそれから掃除機をかけます。一階が終わると二階に上がって3部屋掃除します。2部屋は畳で1部屋が洋間のカーペットです。畳の部屋の掃除はとにかく畳の黒色の縁(へり)にゴミがあると目立つのでそれに沿って掃除機をかけます。時間が掛かりそうな時は縁だけ重点をおいて後は少し雑に済ませることもありました。

…… この一連の作業は日に日に速くなり、馴れてくるとこれからみんなと遊ぶビー玉ゲームの作戦なんかを考えながらでも体は勝手に段取りよく動いていました。

ぼくが初めて自分の力だけで攻略したゲームは、もしかしたらこの家の手伝いだったのかもしれません。

 

*blog "games be" 2014年記事の加筆・修正