AK note

ビデオゲームの考究と企画についてのヒント

大人だからこそ子供たちにアッと言わせる未知の空想世界を作れ!

コンシューマゲームによる成人向けのゲームとはどういうものなのでしょうか。

ここでいう成人向けとは、表現が青少年に相応しくないという理由で年齢制限された商品のことではなく、ゲーム好きの大人がプレイするゲームという意味で話したいと思います。

以前、コンシューマゲームをする大人は「ゲームマニア」で鉄道マニアと同じ系統だと言いました。

そういう意味で言えば、ゲームマニアはコンシューマゲーム自体に傾倒し、子供向けでも年齢制限があってもアダルトでも、商品として良く出来ているものなら一定の評価をする人たちということになりますが、どうなんでしょうか? 少し違いますよね。

確かにそういう人もいるとは思いますが、一般的にコンシューマゲームに求められているものはゲーム機の性能を最大限に活かした高水準の画像やプログラム処理で作られたゲームということが言えると思います。

 

もちろんゲームとしてしっかりとした設定やロジックが出来ているというのが前提で、昔のように子供向けの単純なシナリオやストーリー展開などだと満足出来ないでしょう。そのような風潮が業界の、特に制作者側の空気に影響を及ぼし、見た目の仕上がりやリアルさがより重要になっているのではと推測します。

もっとも、この時代にポリゴンがガラガラ割れてしまうようなキャラクターがアクションしていたりするのはマズいとは思いますが、大人がプレイするゲームなのに見た目のクオリティーだけが優先されるなんてのも、あまり上等な世界とは言えないと思いますが……。

 

大人の求めるゲームって結局はどこへ向かっているのでしょうか。

いろいろ推究するにこのままでは『シミュレーターゲームの時代』がやってくるのではと考えてしまいます。

フライトsim、ドライビングsim、はもとより、ハンティングsim、アドベンチャーsim、戦争sim、… 結局リアルな世界を追求して矛盾なくゲームに整合性を求めるのなら、行き着く先はこうなりますよね。

岩がしゃべったり、宇宙人が飛んで来たり、変な乗り物から小さな変な乗り物が出て来たりするのはダメなんでしょうか。なんだか寂しいですね。

私の好きなゲームに『ファンタジーゾーン』というシューティングゲームがあります。あのゲームデザインには大人のシュールさが詰まっています。大人でないとああいうバランスのとれたユーモラスな世界を生み出すことは不可能です。

正しいことも平和の意味も知っている大人が、絶対に一線を越えないという誠実さでもってムチャクチャを作り上げる凄まじさはプレイヤーが大人でも感動すると思うのです。

ゲームなのですから現実に近づけるのはやめて、もっと大人の賢明さと猛烈さで人々を圧倒させるようなものを作ってもらいたいと願います。

 

*blog "games be" 2014年記事の加筆・修正